■印刷業界の大会in上高地
9月3日・4日の二日間、所属する印刷業界の大会が長野県の上高地で開催されるということで、その合間をぬって西穂高岳に登る計画を進めました。
■台風12号の影響
当日は超大型台風の接近で、かつ進む速さが遅いため、台風の影響をまともに受けてしまいました。念のため、現地の状況を地元山岳ガイドに確認し、予定通り西穂に向かう決定をしました。

西穂までの道は最後まで急登で、風はないものの雨が降ったりやんだりの繰り返しで、2時間30分かけ標高差1000mの西穂高山荘に到着しました。
山頂までは残り標高差200mでしたが、台風の影響と危険地域に入るため登頂は断念。西穂高山荘で食事を作り一息つく事にしました。食事中に標高約2500mの山荘で、NHK大河ドラマの「江」を見れたのは不思議な感じがしました。
西穂高山荘 から上高地への帰路は、久し振りに足がガクガクになる下りでしたが、雨の中「ガマ蛙」を何匹も見かけました。街中で生きる「ガマ蛙」よりも幸せ者だな~と思いながらの、苦痛の下山でしたが、「もう少し、もう少しで温泉だ~!」と思うと足の苦痛、汗と雨でのずぶぬれの体にも力が湧いてきました。
■上高地から徳沢へ
翌日は朝から前日
よりも強い雨で、その為観光客でも入れる徳沢までの片道2時間を歩くことにしました。
ホテルを出て梓川を右手に見ながら歩くと15分程で有名な河童橋に着いたのですが、さすがに登山客も観光客も数人しかおらず、最盛期の様子とは全く違っていました。
山から流れる水のため水量は多いものの、川底に敷き詰められた岩の影響で梓川の水は澄んでおり、自然の不思議さを感じました。
木道を歩くと、途中澄んだ池の中からかすかな泡が出ており、温泉が湧いているのを見つけ、さらに、周囲が薄緑色になっていることから、硫黄泉なのかなと思いました。
更に少し歩くと、日本アルプスの開拓者である、上条嘉門次が住んだ
明神池の畔の「嘉門次小屋」に到着しました。約100年前まで猟師として山を歩きながら、時には海外の登山者の道案内をして生計を立てていた嘉門次のことを思うと、想像を絶した。
しかしその生活を思い、とても羨ましく思うのは自分だけなのだろうか?
嘉門次小屋から梓川を渡った反対岸に明神館が有り、そこから見る梓川越しの明神岳は、人を寄せ付けない絶壁の岩山でした。その明神館から上高地へと下る道は、一面が石英質の石が砕けた砂利で、柔らかく歩きやすい道が出来ていました。我々はそれとは反対に、槍・穂高方面の徳沢へと向かうことにしました。
途中多少の登り降りや、いつ崩れてもおかしくない壁を右手に見ながら40分程歩くと徳沢に到着しました。
テントサイトとしてかなり広い敷地を持つ所で、20年以上前に初めて上高地に来た時の紅葉の美しい風景を思い出しました。
■山行の終わりに
我々は徳沢を最後に、上高地に下り、バスターミナルから沢渡(さわんど)へ出て、最後に沢渡温泉で疲れを取り帰京しました。あっという間の山行でしたが、急登の西穂、印刷業界の大会、そして徳沢までの散策と充実した時間を送ることが出来ました。
これも大自然の中でこその事であり、いつまでも我々が大切にし守っていかなければならないものだと感じた二日間でした。